悪夢?! 悲しみと恐怖と後悔と☆★☆★



セイラの故郷である孤高の民の村を出発して、数日が経っていた。
今は、ともかくベルディアから離れる事を最優先にし、取りあえずの目的地をセラの故郷、大蛇の民の地に設定した彼らは、イスカリアの大森林地帯を横切っている所であった。
森の南の端という事もあり、銀狼の部族の集落はないようだったが、フェネスの支配地域に入ってきたという事で、ロックの怪我の治り具合も加速度的に速くなっていて 、やっともとの体調を取り戻すことができたようだった。
足元を元気に駆け回っているシバもどうやらご機嫌で、ちびのくせに一人前に遠吠えをしてみたりしている。

その日も、日が傾きかけた頃にたどり着いた森の中の小さな平地で夜を明かしていた。
見張りはいつものように戦士系の二人。焚火を囲んで、女性陣は安らかな寝息を立てている。先ほどまで起きていたロックも、夜半を過ぎた頃眠ってしまったらしい。
真夜中、ぼんやりと焚火の火を見つめていたエドガーの耳に、微かな呻き声が届いた。
「……セラ?」
顔を上げてみると、小さな精霊使いの寝顔が微かながら歪んでいる。どうやら、うなされているようだ。悪い夢でも見ているのだろうか?
「おい……、エドガー。」
隣から不意に声がかけられる。パーティ随一の戦士である男の声に含まれた微かな警戒の色に、反射的に剣を握り直しながら振り返る。
ゴットンは、じっと森の奥の暗闇を見通そうとしているかのように見つめていた。
「どうした?」
声をひそめて問い掛けると、ゴットンは視線はそのままに答えを返す。
「聞こえないか?森の奥から何かが来る。それにこの霧……普通じゃないぞ。」
「霧?」
言われて、あらためてあたりを見回すと、確かに薄くではあるが霞んで見える。気付かなかった迂闊さに舌打ちしながら、今度は耳に神経を集中してみる。
--------確かに、なにか木の枝が擦れ合うかのような音が近づいてきている。風もないのに……。
「来るぞ!!」
ゴットンの声を合図にするかのように、立ち上がった二人の視界が、森からやってきた“何か”によって妨げられた。あっという間に平地を埋める幾百、幾千もの輝けるもの……
「これは……蝶?!」
はばたく無数の羽から振り撒かれる燐粉を吸い込み、苦しげに咳込む声が聞こえる。それが自分なのか、それともパーティの仲間なのか、すでにわからなくなりながら、視界と同様に意識も閉ざされていった。
遠くでシバの吠える声がする……遠くで……ひどく遠くで……

そして、意識は閉ざされた。


◆◆◆◆



-------頭がくらくらする。

蝶の大群に襲われて(というか、いきなり包み込まれて)とっさに息を止めたお陰か、多少毒性があると言われるその燐粉をそれほど吸い込む事がなかったゴッ トンはなんとか意識を保つ事に成功していた。
しかし、やはりそれなりのダメージは受けているようだ。ひどい頭痛に襲われてはっきりしない頭を抱えながらゴットンが目を開けた時、そこは先程居た筈のイスカリアの森ではなかった。
「な、なんなんだ?ここは。」
そこは、薄青く光る壁に四方を囲まれた小さな部屋だった。どこにも出口は見当たらない。床も天井も、同様に光る不可思議な素材でできているようだ。
「いったい……」
意識を失ってはいないはずだ。つまり、ほとんど時間はたってない。だから、物理的にどこかに運ばれるような事はありえない筈だ。ならば……ここは?
その時、部屋の隅にもう一人の人物が居ることに気がついた。壁にもたれるようにして気を失っているらしいあれは……
「エドガーか?」
とにかく、奴を起こして、それから対策を考えるとしようか。まがりなりにも「悟り」なわけだし、この妙な状態にも何らかの答えを得られるかもしれないしな。
そんな風に考えて、立ち上がったゴットンの目の前で、エドガーの周囲が揺らいだ。そして、まるで蜃気楼のように、そこに何かが映し出されようとしていた。
「なんなんだ?これは?」
息を飲むゴットンの前で、それはどんどんはっきりとある一つの風景を映しだしていった。その幻に包まれる形で倒れているエドガーの表情が歪み、苦しげなうめきが漏れた。


◇◇◇◇



エドガーは、暗い廊下を一人歩いていた。

じめじめとしたその廊下がどこに続いているのか……彼にはよくわかっていた。
行きたくはない。しかし、歩きつづける彼の足は止まらなかった。
やがて、エドガーの前に廊下の終着点が現われた。
冷たい鉄格子のはまった扉。取り付けられた鍵は、手を触れるだけで簡単に壊れた。ぎぎぃーと音を立てて、扉が開く。その向こうには、窓も、そして明かりすらない真っ暗な空間。そこにいるのは……
乾いた唇が相手の名を呼ぶ。だが、それに答える声はない。帰ってくるのは冷たい沈黙。
牢屋に足を踏み入れ、震える手を差し延べて、鎖に繋がれた男に触れる。
------冷たい。
触れた指先から死体の冷たさが染み入ってくる。
------違う!!こんなのは……違う。事実じゃない!
心の底で叫ぶ声がする。しかし、あったかもしれない一つの可能性。
「……エドガー……なぜ?……どうして……?」
微かな声に、凍り付いていたエドガーがはっと顔を上げる。鎖が音をたててはじけ飛び、ゆっくりと、しかしぎこちなく、立ち上がったロックの手には鈍く光る短剣がいつのまにか握られている。
「ど……して……?……エ……ドガー……」
短剣が振り下ろされても、エドガーは動かなかった。反撃はおろか、よけようともせずにエドガーは静かに瞳を閉じた。


◇◇◇◇



「馬鹿野郎!!」
ゴットンの目の前で、幻の中のロックがエドガーを傷つけ、それと同時にエドガーの肉体の方にも同様に血が吹き出した。幻の中では、エドガーは無抵抗に傷を受け続けており、同時に肉体の傷は増え続けていた。
-------このままではエドガーは幻に殺されてしまう!
思わず剣を引き抜きかけ、だが、はたして物理的な攻撃が効くものだろうかとしばし躊躇する。しかし、今現在自分にできる事は剣しかない。効かなければ、その時のこと!大剣を振りかぶり、そのまま幻を両断する。
-------ぎゃぁ!!
どこかで悲鳴が上がり、幻が薄れ、やがて消えた。あとには、ずるずるとした不定型の物体が残され、それも床に吸い込まれるようにして消えると、あとにはエドガーが倒れているきりであった。
「今のは……いったい……」
やがて、エドガーも意識を取り戻した。いつのまにか部屋の中央に現われていた扉のような光しか、脱出口はなさそうであり、二人は連れ立って光をくぐった。
ゴットンも、エドガーも、何も言わなかった。


◇◇◇◇



セイラは森の中を歩いていた。

早く誰かを見付けないといけなかった。気ばかりがひどく焦っていて、いつしか走り始めている事にも気がつかなかった。
「どこ?どこにいるの?」
早く見付けないと……もしかして……もしかしたら……そんな事っ!
「ねぇ、どこなの?……お兄ちゃん!!」
急に、セイラの視界が開けた。森の中に開けた広場のような所に出る。そこに広がる光景に、セイラは思わず息を飲んだ。
いくつかの血まみれの身体が横たわっている。どれも、生きているはずがない状態ばかり。何かに食い散らかされたような跡まで。
思わ後づさるセイラの前で、死体の一つがゆっくりと立ち上がった。その腐りかけた顔に見覚えがある事に気付き、セイラは悲鳴を上げた。
「……セイラ……お前が早く見付けてくれないから……俺……こんなになってしまったじゃないか……」
そんな事を言いながら、近づいてくる“お兄ちゃん”から、セイラはきびすを返して逃げ出していた。
森の中を必死に走る。しかし“お兄ちゃん”は信じられないほどの速さで追いすがってくる。肩に鋭い痛みを感じ、セイラはつんのめるようにして倒れた。
振り返ると、剣を手に不気味な笑いを浮かべている“それ”がいた。
「こんなの……お兄ちゃんじゃない!!」
セイラは、いつの間にか手の中に現われていたトマホークを振りかぶり、“それ”にむけて勢いよく振り下ろした。


◇◇◇◇



「お嬢様!ご無事ですか?!」
ゴットンとエドガーが光から抜けると、そこにはただおろおろするばかりのキーアと、気を失ったセイラがいた。同様に光る壁に囲まれた部屋の中には、森の中の幻が映し出されており、まさしく倒れたセイラにむけて腐りかけた“もの”が剣を振り下ろそうとしている所であった。
「お嬢様!危ない!」
ゴットンが、大剣を幻に向ける一瞬前に、幻の中のセイラのトマホークが“それ”にヒットした。
幻は掻き消え、ゴットンの剣は空を切った。床にどろりとした物体が流れ、また消えていった。
「騎士になり損ねたな、ゴットン。」
「何を言ってる。」
肩をすくめて、大剣を納める。
部屋の中央には、また光る扉が出現していた。


◇◇◇◇



身体中が痛かった。

ぬるぬると伝い落ちるのは……自らの血液。身動きすらとれずに、それでも必死の思いで視線を上げると、正面に毅然と立つ一頭の銀狼。その瞳に浮かぶ、侮蔑の光には見覚えがあった。
--------これは……カイルだ。
ロックは、そこが銀狼の聖地である事に気付いた。
--------そうだ……。俺はフェネスの声を聞いて、ここに来て……。でも、俺は、カイルのようには変身できなくて……。
“……ロック”
不意にフェネスの声が聞こえた。いつの間にかカイルの後ろに大きな美しき銀狼が現われていた。
“ロック。お前に聖なる銀の色を与えたのは、私の間違いであった。カイルこそが私の真のビーストマスター。お前は、出来損ないだ。”
頭の中に直接響いてくるフェネスの声。冷たい否定の言葉に、ロックの世界は凍り付いた。
“間違いは訂正されなければならない。お前の存在は秩序を乱す悪しきものである”
きっぱりとした断罪。
ロックは、敬愛すべき神がその牙を剥き、近寄ってくるのを、うつろな目でただ見つめる事しかできなかった。


◇◇◇◇



「ロック!!」
新たにたどり着いた部屋で、真っ先に動いたのはエドガーだった。部屋に映し出された幻を切り捨て、倒れ伏したロックを抱き起こす。
「……エドガー?」
目を覚ましたロックは、二、三度、軽く頭を振ると、もう大丈夫だとばかりにエドガーから離れた。ざっと辺りを見回し、不思議そうな表情を浮かべる。
「何だ?ここは。」
「わからん。ただ、どうやら強制的に悪夢を見させられているようだな。」
「悪夢……?」
ロックの脳裏に冷たい瞳を向けるフェネスの姿が蘇った。
-------そう、悪夢だ。あの時、フェネスは現われなかった。現実じゃない。……でも……
“お前は出来損ないだ”
悪夢の中の言葉が胸に突き刺さる。それは、偽りの言葉に過ぎない。だが、それが真実でない保証も……
「とにかく、後はセラがどこかにいるはずだ。とにかく進むしかあるまい?」
ゴットンが部屋の中央に現われた扉を指し示しながら、言う。ロックは、堂々巡りに陥りそうな問いを無理にねじ伏せ、光る扉に目をやった。
「そうだな。行こう。」


◇◇◇◇



小さなセラが泣いていた。

辺りには、激しく雨が降り続いている。全身、ずぶぬれになりながら、セラは地面にぺたりと座り込んで泣いていた。
彼女の前には、土砂崩れのあとが広がっている。そう、彼女の大切な父様と母様を埋めてしまった土砂の山……
-------違うわ!
どこかで声がした。
-------違うわ!この時亡くなったのは父様だけのはずだわ。母様は……
声が続けたが、小さなセラには理解できなかった。彼女に理解できたのは、その土砂の下に父様と母様が埋まっているということ。セラはもう独りぼっちだということ。
そして、セラにできるのは、ただ泣くことだけだった。
その時、土砂の山がごぼりと動いた。濡れた両目を見開いて見つめるセラの前で、土砂の中から何かが出てこようとしていた。
「……セ……ラ……」
土砂にまみれ、半分つぶれた頭が覗いていた。
「セラ。……なぜ?なぜお前だけが生きているの?」
母様の菫の瞳……生気の宿らない、そして、これまで一度も向けられた事のない悪意のこもった瞳。
「い……や……」
じわじわと後づさるセラを追いかけて、“それ”が近づいてくる。雨に洗われて、血の通わぬ青白い肌があらわになり、“それ”が死体である事を強調する。
“それ”の冷たい指先がセラの肩に触れても、小さな彼女はただ、なにもできずに泣き続けていた。


◇◇◇◇



悪夢から醒めた後も、セラはしばらく小さく震えながら泣き続けていた。
しばらくして、ようやく落ち着いたのか、小さく息を吐くと、勢いをつけて顔を上げる。
「ごめんね、みんな。さ、行こうか。」
「セラ……」
「もうっ、そんな顔しないでよ。で?ここはなんなの?この霧はなぁに?」
セラの悪夢の消滅と同時に、部屋の壁も消えてなくなっていた。かわりに、深い深い霧が立ち込めた空間が広がっている。歩きだそうにも方向感覚が全くつかめない。
「……?……蝶?」
その時、エドガーの脇を一頭の蝶が横切っていった。そして、その後を追うようにして、霧の中から声がかけられた。
「みなさん、ご無事のようですね。」
現われたのは、二十歳前後に見えるすらりとした青年。彼は夢幻の胡蝶レスフェーンに仕えるビーストマスターのリムと名乗った。
「で?ここはどこで、どうして俺達がこんな所に来る事になったのか、説明できるのか?」
不機嫌を隠そうともせずに、棘のある言葉を投げつけるロックに、彼は素直に頭を下げた。
「本当に申し訳ないことをいたしました。まさか、あのようなところに人がいらっしゃるとは思っていませんでしたもので。」
「それで?」
「私は、夢魔を追っていました。人の夢の中に侵入し悪夢をもたらす混沌の生き物で、我ら胡蝶の民の天敵ともいえる存在なのですが。本体は形を持たず、さまざまなものに姿を変えるやっかいなものです。奴を確実に倒すために、夢幻界の一部に閉じ込めたのですが、その時に巻き込んでしまったようです。本当に申し訳ありませんでした。」
「ふ〜ん。それで、帰してもらえるんでしょうね?」
「えぇ、それはもちろん、責任持って送り届けさせて頂きますが……。ただ、今、奴を逃がすわけにはいかないので……できれば、奴を倒すまで待っていただけませんでしょうか?」
リムの申し出に同意した一行は、できるだけ早くもとの世界に戻るために、夢魔退治に協力することになった。


◇◇◇◇



「あ、そういえば、シバは?」
リムの案内で、霧の中を歩き始めてしばらくした頃、いつも側にしたがっているチビ狼の不在に気付いたロックが不意に声を上げた。
「シバ?」
「あ、うん。一緒にシルバーウルフの子供がいたはずなんだけどさ。」
「……こちらには来ていないようですね。眷族ですから巻き込まれなかったのでしょう。」
「そっか。ま、賢いから待ってるだろ。」
そうこうしていると、目の前の霧を裂いて、見覚えのある建物がそびえたっている所に出た。
「…………これ……」
エドガーが絶句しているのも当然。それは悟りの城であった。
「夢魔は、夢幻界にそこにいる人間の記憶にあるものを作り出すことができるのです。これも、奴が身を守るために作ったものでしょう。」
リムが解説を加える。
「奴も必死のようですね。中にも、記憶の中から作り出したものが配置されていることでしょう。」
リムの言葉通り、城の中にはこれまでに出会った人や敵、罠が何度も行手を遮った。カイルもどき、ロイエンタールもどきや、セリア将軍もどきまで。
いくつもの妨害を突破してたどりついた広間には、悪夢の生成物を倒した時に幾度も出現してきたどろりとした不定型の物体がうごめいていた。
「あれが、夢魔の本体です。もうかなり弱っているようですね。多分、これが最後になるでしょう。」
物体の輪郭が歪み、一行の記憶の中から、自分を守るための最後の悪夢を生成しようとする夢魔。油断なく剣を向けていたリムは、次の瞬間、驚きの声を上げた。
「な!!どうしてこんなものが?!奴は誰かの記憶にあるものしか作り出せないはずだ!!」
そこに作り出されたのは、巨大な悪魔。いわゆるレッサーデーモンと呼ばれるものであった。
「こんなものまで出会っていたのですか?!」
ふるふると一斉に首を振る一行の中、セイラの帽子の中からひょこっと顔を出すものがいた。
「あ、それ、おいらの記憶だ……」
「アモン〜〜〜〜〜?!」
皆から忘れ去られていたチビ妖魔が、そこでへらへら笑っていた。


◆◆◆◆



レッサーデーモンは強かった。戦闘中に多大なるダメージを受けたセラとセイラは意識を失い、次に気がついた時には、くすぶっている焚火の脇に倒れていた。
二人は、皆の帰りをそこでしばらく待ち続けた。セイラのロケーションの魔法で探してもみた。
しかし、誰の行方も見付けられないまま、時が過ぎた。

皆と再会が果たせたのは、実にそれから一年の後であった。二人の脳裏に、リムの声が届いたのだ。
それによると、セラとセイラが夢幻界からはじき出された後、何とか奴を倒すことには成功したらしい。だが、あまりにも強大なものを作り出したために、夢幻界のバランスが崩れ、リムも含め、残っていた一行は時空の渦の中に巻き込まれてしまったらしいのだ。そして、何とか戻ってきたものの、そこは一年後のクリスタニア、しかも場所までずれていたというわけだ。再会の地は……北の半島、ダナーン。
「本当に、皆さんには申し訳ないことをいたしました。これはせめてものお詫びです。ナイトパピヨンの燐粉……胡蝶の“星”です。」
リムの言葉とともに届けられた小瓶に入った虹色の粉が手の中に残っていた。それを手に二人はそれぞれダナーンに向かう。
そして、一年ぶりの再会。
「やだわ、女の子だけ、一年、年とっちゃったのね。」
冗談めかして言うセラの声が潤んでいた。


◇◇◇◇



そして、一人離れた場所に飛ばされたらしいロックが遅れて合流した。かたわらには、この一年ですっかり成獣になったシバの姿がある。
「こいつ、森の中で、いきなりバックアタックかましてくれるんだぜ。こんなにでかい図体になりやがって。」
離れていた一年を取り戻そうとするかのようにぴったりと寄り添って離れないシバに苦笑しながら、ダナーンの宿屋に姿を現したのである。
「まったくもう!どこに行ってたのよ。一人だけ遅れちゃって!」
セラが少々拗ねてみせながら、文句を付ける。
「ちょっと辺鄙なところに飛ばされてさ。それはいいとして、ちょっとみんなに頼みたい事があるんだけど……いいかな?」
不意に真面目な顔になったロックに、皆の視線が集中する。ロックは言葉を捜しながら話し始めた。
「あの……さ。俺……今まで、やたらと聖地にこだわってただろ?……探していたものがあるんだ。昔、どこかの祭器に、死者を生き返らせる力を持つものがある、という噂を聞いて以来、ずっと探してた。俺が聖地に入れない理由を、どうしても母さんに聞きたくてさ。」
「お母様、お亡くなりに?」
セイラの遠慮がちな問いに頷いてみせる。
「それでさ、ここに来る途中に、新たな情報を掴んだんだ。他ならぬ、このダナーンの大白鳥の民の祭器こそが、死者を生き返らせる力を持つらしい。」
「その祭器を探すのを手伝ってほしい、と、そういう事か?」
「あぁ。……どうしても理由が知りたい。一年も時を無駄にしたんだ。先を急ぐのはわかっている。だけど……。」
「別にかまわんだろ。」
あっさりと言われて、ロックは多少驚きの表情を浮かべる。
「うん、そうだね。みんなで探せば、きっとすぐに見つかるよ。いいんじゃない?」
「少しぐらい寄り道したっていいわよね。ね、キーアさん。」
「えぇ。」
次々に、賛同の言葉が発せられた。
「あ……」
言葉をなくしているロックの肩をぽんと叩いて、エドガーがウィンクして見せる。
「みんな、協力してやるとさ。」
びっくりしたようにぐるりと仲間を見回して、ロックは俯き、小さくつぶやいた。
「あり……がと。」
「じゃ、あしたっからは聞き込みだな!」
「ねぇ、あたし、おなかすいちゃったよ。ご飯食べに行こうよぉ!」

ぞろぞろと食堂に向かう仲間達に見えない所で、ロックの表情を暗いものが横切ったことに、気付く者はこの時誰もいなかった…………



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