EDGER〜セラの気持ち☆★☆★ |
雨は嫌い……。 「ありがとう、エドガー……」 きっとロックは、まだ隣でささえているのはエドガーだと思っていた。 朦朧とした意識のなかで…… どこへ行っても、雨は降るらしい。 セラは、洞窟の入口へ目を遣る。外は夜の闇。じっと見つめていると、雨がさらさらと光るのが見える。 夜の雨なら、当然気温も低い。低いけれども、寒くはなかった。 セラはふかふかとしたその毛に背中を預ける。 暖かい。 通常のものより、少し大きな山猫。 悟りの神獣メルキシュが眷族、鋭い爪と美しい斑の毛皮をもつリュンクス。 「寒くない?」 入口に近いところで火の番をしていたエドガーと目が合うと、彼は微笑みを浮かべてみせた。 「うん。大丈夫。あったかいよ」 微笑み返しながら思う。眷族をこんなことに使ってていいのだろうか? 呼び出されたと思ったら、湯たんぽ代わりなんて……かわいそうに……。 とかなんとか思いながら、その恩恵に多分にあずかっているセラとしては、大きな事は言えないのだが。そもそも、このリュンクスは、セラが寒がったために呼び出されたのだ。 「エドガーは寒くない?」 「ん?あぁ、いいんだよ」 そういって、エドガーは菫色したほうの目をつむってみせた。 エドガーの容姿は、とても好みだと……セラは思う。たしかに、エドガーは長身で、スタイルがよく、顔の造りも世に言う美形というヤツに類する。 しかし、何よりセラが気にいっているのは、その髪と瞳。長い黄金色の髪と、左右色違いの瞳……紅と菫色をした菫色の方の瞳。 雨は、セラにとって余りいい思い出の有るものではない。 父は、大雨のなか「星」を守ろうとして家をでていった。そのまま帰ってこなかった父は、雨上がりに遺体となって帰ってきた。結界の塔を半壊させた土砂崩れに巻き込まれて…… 母が息を引き取った夜も……雨が降っていた。バンシーが泣く声を、雨の音のなかに感じた夜。 雨は、大切なものを奪っていきそうで怖い。 バキッ!! 酒場中に轟いたのではないだろうかと思うほどのその音に、セラは思わず肩をすくめた。 なにがあったんだろう? 目をぱちくりさせながら、状況を整理しにかかる。 宿屋の入口。扉をあけてまっすぐに目に入るテーブル。いまだに状況を理解できないでいるらしい数人の美人に囲まれて、男の人がひとり伸びている。 なぁに? ロックが、あの人を殴ったのかしら? あんまりに突然のことで、止められなかったのだが……知り合いだろうか? ロックはさっさと部屋の手配をすませてしまって、階段を上ってゆく。それをあわてて追うセラは、階下でやっと我に返ったらしい女性達が彼の名を呼ばわるのをきいた。 ? エドガー? 「エドガー……って聞こえたけれど、もしかして……ロックをヴェルディア帝国から救けだしたのって、あなた?」 翌朝、旅立ちに同行することになった彼に問う。もちろん、ロックには聞こえないように。 「え? なんで?」 彼の表情に、一見それとはわからない動揺が走る。あいにくと、それを見逃すほどに子供なセラではないのだ。 「違うの?そうなの?はっきりしてちょうだい」 彼が答えに窮しているのがわかる。 「ロックは、なんて?」 視線を合わせない。紅と菫色の綺麗なオッドアイ。少なくとも、あの時ロックが怯えてみせたのは、この瞳の影にではない。だけれど……あの名前の主であることは間違いないだろう。 「何も言わないわ。聴いてもいない。あたしの勝手な推測。でも、外れているとは思ってないわ」 「どうしても……答えなきゃならないかな?」 その瞳から感じたのは、負い目。 だから……。 「もういいわ」 ロックをヴェルディアから救いだした彼は、また、ロックをヴェルディアへと売り飛ばした張本人でもあったのに。 ふたりの関係は不思議。 ロックは、エドガーを許してる。 エドガーの立場も、わからなくもないから……あの傷を見たセラにしても、理性では仕方がなかったのかもしれないと思える。でも、あの傷のひどさを見てしまったからこそ、セラにはエドガーが許せない。 なのに、どうしてロックは、そんなに無防備に許せるのだろう? あれだけロックを傷付けておいて、どうしてここまで無防備に受入れられてるのだろう? 怒りと……そして、これはきっと嫉妬なのだ。 「エドガー」 「ん?」 焚火の向こうのエドガーの瞳は、炎を映していつにも増して綺麗な色をしていた。 セイラとキーアは、昼間の疲れがでたのだろう静かな寝息をたてている。 「あたしの、お父さんね……金髪だったんだよ。ちょうど、エドちゃんの髪の色に似てるな」 いきなり何を言いだすのだろう?……といわんばかりの表情に、セラはかまわず続けた。 「あたしね、エドちゃんの髪って、好きだなぁ」 「お父さんみたいだから?」 「ん。でね、エドちゃんの目も好き。菫色が綺麗」 半ば目を閉じかけているセラに、エドガーはどうやら寝ぼけているのだろうと判断したらしい。声のトーンを落として応じる。 「お父さん、菫色の瞳だった?」 「ううん。お母さん。セラのお母さん、美人だったんだよ。若い頃は綺麗な銀の髪してたんだって……。セラはくすんだ髪のお母さんしか知らないけれど」 苦労してくすんだ髪。父が死んでから心労が祟ったのだろうか?それとも、父と一緒になった頃からの心労かもしれない……。それとも……娘のセラが、ビーストマスターだったから? 「でね、お母さん、瞳……菫色だった。お父さんは、目ぇ黄金だったもん」 「うん」 気持ちは複雑。 エドガーは、優しい。かっこいいし、嫌いじゃない。いい仲間だと思う。それに、大好きなロックの、大切な人。 だけど……ロックを傷つけた。 だけど……。 だけど……。 あれは、いつだっただろう? その時、走っていた。みんなで、逃げていたんじゃないかと思う。逃走は日常茶飯事で、それこそ理由なんて覚えてられないほどだから。 こける!! 爪先にかかる抵抗と同時に、身体が支えを失った。 迫る地面に、思わず目を閉じる。 真っ正面から倒れこんだりなんかしたら、衝撃でしばらく起き上がれないだろうことは容易に想像がついた。だから、体勢をかえようとした。 と。 「にょ?」 目を開けると、横抱きに抱えられていた。 いつものことで、一瞬、ゴットンだと思った。 けど……。 エドガー? ちょっと驚いた。 いや、救けられたことに対してではなくて…… だって、細そうな気がしてた。たしかに、戦闘訓練を受けた男が小さな女の子ひとり抱きあげられないわけはない。実際、彼は、男のロックを軽々と抱き上げられるのだから……。 やっぱり、男の人なんだなぁ。 変なところで感心してしまったような憶えがあった。 いつも、ロックとふたり、子供みたいだったから。 傷と負い目を隠したままで……。 セラ自身、感じたことがある感覚ではあった。明るさを演じる。でも、それは決して嘘ではなくて……。どの自分が本物なのかわからないまま、どの自分も自分には変わりなくて……。 そして……居心地のいい場所を失いたくなくて。 ここは、居心地のいい場所だから。 「だって、ロックは一回ヴェルディアから逃げてきたんだよ」 エドガーの傷口に塩をぬってるのは、わかっている。 「また捕まって、どんなひどい目に合わされているか……」 ひどいことを言っている。 だけど、言わずにいられなかった。 ロックが心配なのだ。自分には、理由はどうであれ、ロックを裏切ることなんてできない。自分だったら、裏切ったりなんかしなかった。 だけど……。 「ありがとう、エドガー……」 きっと、ロックはそんなことどうでもいいのだろう。 結局、ロックはエドガーが必要で、エドガーにも……。 セラは、ロックが大好きだから……セラは、エドガーのことも好きだから……だから、ふたりがそれでいいのなら。 だったら……。 「エドガー」 「ん?まだ起きてるのか?」 「ん。ロックとパパは?」 本当は、そろそろセラの意識も白濁しかけていたのだけれど……。 「まだ帰ってないけど……心配いらないから、寝てろ」 「ん……」 なかなか眠らないセラに、エドガーは側にくると頭を撫でてやる。 「んとねー……」 「ん?」 「ごめんね……」 「は?」 エドガーが目を丸くする。 わけがわからん……。 けれど……。 「うん。いいよ。ゆっくりお休み。寝ている間に、いやなことは雨が全部流してくれるから……」 気障だなぁ……。 でも、エドガーらしい言い回しで、セラはちょっとだけ笑ってみせた。 「そうだね……」 そう答えたつもりだったけれど、どうやら眠気に呑まれてしまったようで、エドガーに伝わったかどうかは多分に怪しかった。 雨は嫌い。 大切なものを奪ってゆくから。 だけど……。 本当に、嫌なことを全部洗い流してくれるのなら……。 だったら、悪くないかもしれない。 本当に、洗い流してくれるのなら。 ロックには、エドガーが必要だけど、それ以上に……本当はエドガーにこそ、ロックが必要だったのかもしれない。 大好きだから。 大好きだから。 本当は、エドガーのことも大好きだから……。 だけど、今はまだ……ほんの少しだけ、嫉妬が残っている。 だから……。 だからいつか、きっと伝えるから。 大好きだから。 ふたりとも大好きだから。 「大好き。ふたりとも、あたしの大切なお兄さんなの」 いつか……。 |